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Eilika Krishar - Soprano

 

アイリカ・クリシャール

ソプラノ・リリコ

 

 

...誰がこの繊細な女性からホール全体に響く声が出ると想像しただろうか!?彼女の声は大きなアリーナにおいても全聴衆に生の声を届かせることができるオペラの声である。モーツァルトのコンサートアリアでは彼女の声の音域の広さとダイナミズムの大きさに驚かされ、そのフォルテッシモはまるでなにか物を切ってしまうほどのメタリック性を持っていた。しかしシューベルトの歌曲においては、ビロードのようにやわらかく細やかな表現で歌ったのである。この晩彼女はメゾ・ソプラノのようなやわらかく暗い響きでリート歌い、同時にドラマティックなソプラノアリアをもこなしたのである。」(2011年5月1日 シュヴェービッシェ・ポスト紙)

 

1983年北ドイツ・東フリースラント地方で教会の牧師であり政治家でもあった父親の長女としてアイリカ・クリシャールは生まれる。彼女の祖父である世界的に著名な、ヨーロッパ中世都市研究者のハインツ・シュトープ博士がもともと音楽家を志していたという影響で、5歳の時ピアノを始める。16歳でアメリカ・サン・ディエゴで声楽を始め、2002年ドイツ・デトモルト国立音楽大学声楽科に在籍するが、志半ばにて断念。その後ミュンヘンの哲学専門大学にて勉学。哲学と元来持ち合わせる詩と文筆の才能の頭角を現しつつあった2005年、ミュンヘンでの小林春仁教授との運命的な出会いにより本格的に歌の世界に再帰する。日本で広島を皮切りに全国各地で150回以上ものコンサートを行い、彼女の歌声は広く知られていく。2009年から福島で「クリシャール国際音楽祭」が始まった。2011年3月東日本大震災の日から彼女は福島の人々を助けるため日夜奔放し、彼女の友人でもある元ドイツ統一大統領クリスチャン・ヴルフ氏らにも協力を求めつつ、被災地の親子たちをベルリンに受け入れる一方、ドイツ中で被災地のためにチャリティー・コンサートを行い、同年5月に被災地を訪問し避難所を回りコンサートをする。ドイツに戻ってから災害の影響や疲れなどから5週間の病院生活を余儀なくされる。そのようなアイリカの真の愛情を持って何事にも深く情熱を傾ける心が彼女の歌にも表れている。2010年スイスのプレミウム国際オペラ・コンクールにて最優秀賞を獲得し、ヨーロッパの彼女を知る音楽家たちは、「アイリカ・クリシャールの声は特別な声!」、「今まで類のない素晴らしい声!」、「パーフェクトな声のコントロール」、「将来歴史的な名を残す偉大な歌手になるに違いない!」などと絶賛している。日本では近い将来「日本が生んだドイツの歌の女王アイリカ・クリシャール」と人々に喜ばれる日がやってくることを熱く期待されている。2011年12月フランクフルトで、現在ドイツを中心に名声を上げている指揮者・ピアニストであるベルナルド・ヴュンシュと録音したシューベルト、ヴォルフ、ツェムリンスキーの歌曲がオーストリア放送局で翌2012年1月に特別放送された。

 一度歌をあきらめたアイリカが、ベルカント唱法の秘密を明らかにして本物のオペラ歌手の育成と、「声の治療は真の発声法からしかできない」と証明している“Kobayashiメソード”により、人間として不可能と思われるまでの完成度の高い声を手に入れることに成功し、今まで世界で女性が歌った録音が4本しかなかったシューベルトの「冬の旅」を2011年9月ミュンヘンでリリースし、プロとして本格的なデビューを果たした。その歌声と解釈の素晴らしさで、「今までの女性が歌った最高の『冬の旅』だ!」と歴史的名歌手シュヴァルツコップとフィッシャー・ディスカウのマスター・クラス伴奏者を務めたステファン・ラオックス氏が自信を持って言うアイリカ・クリシャールの「冬の旅」であった。彼女の「冬の旅」ではとくに失恋の苦しみと痛みと失望が奥深く表現されていて、さらにその中でも同時に救いや幸福をも聴く人に感じさせてくれるのである。そしてその後すぐに2012年ベルリン・フィルハーモニー・ホールや、ミュンヘンの王宮劇場、クヴィレス・テアターのような有名な劇場やホールから出演依頼が相次ぎ、シュヴァルツコップやフィッシャー・ディースカウ、ヘルマン・プライ、ペーター・シュラーヤーなどの往年の大歌手の「冬の旅」やドイツ・リートを伴奏した歴史的名ピアニスト:イェルク・デームス氏は「アイリカの『冬の旅』は素晴らしい!できれば私もその伴奏をしたい!」と、手紙をしたためた。そしてベルナルド・ヴュンシュも彼女の声と音楽性を絶賛し、「2012年2月に日本で是非彼女の伴奏をしたい」と表明し実現した。彼女は「冬の旅」を今までベルリン・ミュンヘン・ミュンスター・東京・長野・そして彼女の日本でのデビュー地である広島で歌っており、いずれも聴衆に圧倒的な深い感銘を与えている。

 

...この『冬の旅』でアイリカ・クリシャールは聴衆に、『冬の旅』を元々シューベルトが書いた高い声域で歌うことの適正さを証明し、感動を与えた。『冬の旅』の世界に完全に溶け込み、時には静かにささやくように、そしてやさしく歌ったかと思うと、次の瞬間には力強く、聴衆を凍りつかせるかのように、苦しみと、痛みと、涙の『冬の旅』を歌ったのだ。」(2011年1月 ミュンスター紙)